この秋、イギリス訪問へ

英国土壌協会から招待

  今年の2月に開催された神戸大会に召喚したクリスティン・グレジングさんが所属する英国土壌協会からの招待で、日本有機農業研究会、兵庫県有機農業研究会、熊本県有機農業研究会のメンバー数名が、10月末から10日間、イギリスを訪問することになった。
環境と食の安全性について意識が高まる中、有機農業も世界的な広がりをみせ、各国で有機農業推進の取り組みが始まっている。しかし一方で有機農産物の市場が拡大することで量販店を中心とした大量仕入れが可能になり、ますます産地と消費地の距離が広がり、輸送、包装、加工にかかるコストが上昇しているや激しい価格競争で、山間部の非効率な地域に住む、家族経営型の有機農場の経営が困難に陥っている。そこで欧米先進国では地域の有機農家を支える運動(Community  Supported Agriculture)が始まっている。
今回、訪問することになった英国土壌協会は、古くから有機農業の普及に取り組んできた団体で、クリスティンさんは団体の職員としてイギリスでのCSAの普及活動をしている。神戸大会ではパネルディスカッションのパネリストとして参加し、イギリスでの活動を紹介していただいた。イギリス側も日本の提携などの生産者と消費者の活動に大変興味があり、是非、お互いの国で交流をしようというイギリス側の呼びかけに応じて日本からも私を含む数名がイギリスへ行くことになった。

 

イギリスは有機農業発祥の地
 
イギリスは有機農業発祥の地でもある。最初に有機農業を提唱したのが英国人のアルバート・ハワード卿である。ハワード卿はイギリスの良質の牛を生産する篤農家の家に生まれた。大学で農業の勉強をし、卒業後農業研究者として西インド諸島に派遣され、細菌学者として植物の病害について研究を始めた。そして、1905年に植物学者としてインドのプサというところに赴任した。赴任後まもなく、彼はプサ周辺地帯の農作物が病虫害に全く侵されてないことに気付く。現地の人々は農薬を知らないどころか、化学肥料さえも使用したことがないにもかかわらず、作物が健全に育っていた。人々はただ、農場やその付近からとれた植物質や動物質を集め、ただの一片も残さず土に返していただけだった。ハワード卿は植物や動物は自然の状態に近づけることによって、人工的な物質に頼らずとも自然本来の力を発揮し、病気や昆虫の襲来に対して抵抗することができるのではないかと思い始め、研究を進めた。
それから5年間、実験農場を開設し、プサの伝統的な農業の調査を反映させながら、1910年までに化学肥料や農薬を使用せずにほとんど病気にかからない栽培方法を確立し、「虫や病原菌の真の役割は検閲官のようなもので、不完全に育てられた生き物を摘発することにある。病気や害虫は自然の大学教授である。」という結論に達した。
彼は実験農場で同様の原則を牛にも適応し、化学肥料を使用しないで育てた飼料を牛に与えることで病気への抵抗性が高まることを証明した。その後もインドのプサ、クエタ、インドールで経験を生かし、独特の堆肥作りを考案(インドール式処理法)、1940年に有機農業のバイブル書である「農業聖典」を書き記す。彼の提案する農法はその後、南アフリカ、ケニア、イギリス本土、マレーシア、シンガポール、コスタリカでも実践され、成功をおさめ、有機農業が世界に広がるきっかけを作った。
1939年にはこのハワード卿に影響を受けた、英国のエバ・ボルファーという女性が農場で有機農業を実践し、その体験を「生きる土」に書き記す。そして彼女を中心として当時の英国の農業の土壌の悪化や農産物の品質の低下に疑念を持つ仲間が集まり、1946年に英国土壌協会が設立された。日本では最初の有機農業の団体が設立したのが1971年の日本有機農業研究会が始まりであるが、イギリスではその25年前から有機農業の取り組みが始まっているわけだ。

英国土壌協会の歴史

 英国土壌協会は国内外での有機農業の普及に大きな役割を果たしてきた。あのチャールズ皇太子も協会の会員として知られており、イギリスでは、農業や環境に関心のある多くの著名人、研究者が会員として協力している。
「Small Is Beautiful」(小さいことは美しい)を提唱した経済学者、シュマッハー氏も嘗て、土壌協会の代表であった。同協会は、早くから農地でのDDT(農薬)の使用の反対、家畜への抗生物質の使用禁止、家畜に動物質の飼料を与えることへの反対(これが原因で狂牛病が広がったと言われている。)、
遺伝子組み換え食品の反対運動などを展開し、有機農産物の普及以上に英国での食品の安全性維持に努めてきた。また協会として1967年に世界で最初に有機農産物の基準を発表し、基準と認証のシステムをリードしてきた。現在では英国の7割近くの有機農産物が協会での認証を受けている。
これらの歴史ある実績が認められ、国連組織、FAOや国際有機農業運動連盟にも大きな発言力を持ち、世界的にも有機農業を普及する大きな役割を果たしている。
協会の努力により英国国内の有機農業も発展し、協会の2003年度の報告によれば、国内の有機農産物の市場規模は10億ポンドに達しており、米国の59億ポンド、ドイツの16億ポンドに次ぎ、世界3位の有機食品の市場規模があるそうだ。特に幼児食品(ベビーフード)の発展はめざましく、統計によるとイギリスの4人に3人の幼児が規則的に有機食品を使用しており、国内のベビーフードの41%が有機農産物を使用したベビーフードになっている。
現在では国内の有機認証農場は3991農場、有機加工企業が1565企業登録され、有機農業の圃場面積は72万6400ヘクタールに拡大、国内の農地の4%(日本の有機圃場は前農地面積のわずか0.16%)が有機圃場に転換している。
ただ近年の経済不況のあおりを受け、有機食品の市場の伸び率は鈍化しており、10年間続いていた30%成長率は10%に留まっている。売上の低迷により、有機農産物の生産者への市場買い取り価格が下落傾向にあり、認証を受け、有機栽培された飼料のみを利用し、家畜を健全で広い牧場で育てている有機牛乳の生産量の3分の1は、化学農法によって育てられた添加物だらけの飼料で牛を牛舎の中に押し込み、工場のように生産されている普通の牛乳と同様の価格で販売されているのが現状でこれでは生産者もコストがあわず、悲鳴をあげている。そんな中で国内の有機農家を守ろうとする動きが高まってきたわけだ。
英国では地産地消の関心が広がり、輸入の有機農産物が市場の70%を占めていたのが、56%に減少しており、国産の有機農産物のシェアーが上昇している。同協会でも地場産の有機農産物を増やす努力をしており、国内の農家の品質と供給の安定、生産者協同組合による需要に合わせた供給サイドの改善、政府の国内の有機農家への援助の強化、量販店の国産有機農産物への販売努力と投資により、国内の有機農産物は少しずつではあるが増大傾向にある。

国産有機農産物の拡大の取り組み
 
英国土壌協会では国内の有機農業を育てるためにさまざまな取り組みをしており、クリスティンさんが取り組む英国土壌協会のCSA部門はそのプロジェクトの一貫にある。協会の協力によりCSAを始めたい農家にはさまざまな研修やデーターの提供がされ、10年前に最初のCSA農場ができてから、今では英国国内に100以上のCSA農場が存在するそうだ。
CSA農場以外にも単純に農場から消費者に直接野菜セットを直販するボックススキームと呼ばれる方法をとる農場もあり、約500以上の有機農場がこれに取り組んでいる。また英国には有機農産物を含む、地域の農家が集まるファーマーズマーケットが全国で550があり、協会としても地場産の有機農産物を広げるためにその拡大に協力している。
また有機農業の理解を深めるために学校を対象に有機農産物の学校給食での使用、子供たちに有機農業を理解してもらうためのキャンペーン、より多くの理解者を増やすために有機農業学校の開催、新たに有機農業を目指す若者のために有機農場研修生制度の確立、国内の農地を守りために土地のトラスト運動を展開し、確保した農地で有機農業を推進している。 【2010年10月号 より】