「避難・支援ネットかながわ」からのメール

昨日(2月8日)、「避難・支援ネットかながわの坂本 建」さんからメールが届きました。ここに、そのままご紹介します。


田舎元気本舗 村長 平野智照さま

 余寒の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
この度は、避難・支援ネットかながわの活動にご助力下さいまして心より御礼を申し上げます。ご多忙な中、情報拡散等にご尽力下さいましたことに心から感謝申し上げます。

神奈川県へ避難してから1年半が経過し、私が、自身で動くことを考え始めたのが昨年の夏頃でした。被害者に対し、被害の実態は気持ちをよそに、国と東電の対応は償いなどからはほど遠く利己的で非情なものでした。

 これまでの世界の歴史の中で、原発や核施設おける放射能漏れ、核実験、そして核兵器の使用により、被ばくした人々がどの様な被害を受けたかは変えようのない事実としてありながら、日本という国は国民の健康や人生そのものを見捨てようとしています。 本来ならば、被害を受けた全ての人々が一斉蜂起してもおかしくない状況下にあります。

 しかし、汚染されたその地に留まる人たちも、避難した人たちも、あたかもお国のためという誤った大義のもと致し方なく黙らされています。汚染実態にそぐわない様々な格差が設けられ、人心の分断、兵糧攻め、あるいは、経済(目先の生計)優先で、心身が傷ついています。
そして、特にフクシマの県内に留まるにおいては、あるべきものを不都合には目をつむって言葉を飲み込むことが、自らの立場や心の安寧を守る術となっています。

 多くの支援者、支援団体の方たちが、この窮状に心を寄せ、訴え、行動を起こして下さっています。しかし、当事者である被害者が声を上げなければ、ともすれば、蚊帳の外の人間が別の目的を持って行動を起こしているに過ぎないと捉えられかねません。
私は、日本版のクラスアクション法、チェルノブイリ法の実効性のある法制化を望んでいます。
福島県内の住民よりは声を上げやすい県外避難者が、個人の考えではなく、集団の要求としてプレッシャーをかけていかねばならないと考えています。
この実現のためにも、神奈川県内の避難者の声を聴きながら、まずは被害者がネットワークを創る必要性を感じました。これまでの人生で、この様な活動をしてきたわけでもなく、自分の力や能力にも限界を知りつつも、必死になってやってきました。
それが私のこの1年半です。
目的に向かってやらなければならないことは多くあり、この集団訴訟はその中のひとつの手段・方法でしかありません。

 小澤さんは、震災の直後から地元の住民のため、子どもたちを守るために行動を起こされたと聞いております。その行動力、努力により学び身に着けた深く広い知識、次々と安易な心の平和を求めて脱落してしまった仲間、経済復興の阻害要因とみなされての妨害、数え上げればきりがない障壁の数々の中、あきらめない、まがらない信念に深い尊敬の念を持っております。
この強さを持った小澤さんでも、きっと、体調を崩し、心折れる日がないとは言えないでしょう。いつも案じています。取り組む方法はそれぞれであっても、ともに闘う気持ちは一緒だと思っています。
どうか、これからも小澤さんの活動の支えとなって下さい。
私たちも神奈川県内で成せることに尽力し、小澤さんの活動にも協力し、出来ることを精一杯取り組みたいと思っております。

 本来ならば、御礼のお手紙をお送りしたいところ、メールにてのご挨拶をご容赦ください。
今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

 避難・支援ネットかながわ 坂本 建