「遊ばざる者食うべからず」

  "静と動"が常に同時進行

 行動する思想家・教育家であり、事業の才もあるリアリストでもあった桜沢如一は、74年の人生を速足で駆け抜けた。その膨大な著作や行動の軌跡をみても、「常人の四、五倍の超人的な生活」であったことがうなずける。晩年には、「一生で最大の収穫」と称した生体による原子転換の研究に夢中になったり、世界政府連盟の運動に参加するなど、"静と動"が常に同時進行している。しかしその当人は超多忙とは思っていなかったようだ。自分の関心と情熱の赴くままに、好きなことを夢中でやっていたからだ。PU原理の陰陽(静と動)バランスの取り方を体得していたからともいえる。

「精神文化オリンピック」の実現を待たずに

  夢中で楽しいから疲れをしらない。反戦行動で投獄されたり、自らの生体実験で重い病に陥ったときも、「一切の現実を受け入れ」、その試練を楽しもうとする強靭な精神があった。その意味で人生は大いなる遊びだった。「食こそいのち」という食養の運動から始まり、人類の世界平和に通じる道を模索した如一は、昭和40年に「精神文化オリンピック」を提唱した。が、1年後の実現を前に、突然倒れた。発作が起きて数分という鮮やかな幕切れだった。遊び好きな永遠の少年の心で、突然の死をも受け入れた。己の信念を貫きとおした見事な生き様、死に様だった。