古今亭志ん生のびんぼう自慢話

「帝国ホテルで、厚いトンカツ食うより、よっぽどうめえんだぜ」


仕立て物も質屋行き

ここの、笹塚時代の貧乏なんてえものは、そりゃアお話にもなにもなりやァしません。
そこの家を、追い立てェ食って、同じ笹塚で、近くの家をかりたが、どうも陰気くさい家でしてね、美津子がころんで、足ィくじいたりした。「注意しなくちやァいけねえよ」なんていってるうちに、こんどは、下の喜美子も土間へころげ落ちて怪我をするてえさわぎです。
夜になると、コツコツなんてえ妙な音がするから、起きて行ってみると、なにもないんです。化けもの屋敷みたいでしたよ。
そのうちに、あたしがつまらないことで寄席ェしくじっちまった。しばらく高座へ出ることが出来ない。もうニッチもサッチもゆかなくなっちまったんです。
たべるものもロクにないから、子供は、一日じゅう泣く、お医者に診せりやいいのに、そんなこたァ出来ません。
「なんか、栄養のあるものァないかい。タダで・・・」
てんで、かかァと二人で相談すると、
「心当たりがあるよ……」
てえから、何だってきくと、赤蛙だってんですよ。
それから、かかァが近所の池みてえなとことから、赤蛙をつかまえてくる。その時分のことだから、原ッぱがいくらでもあったんですよ。ついでにタンポポだの、オンバコ(車前草)だの、たべられそうな草ァいっぱいむしってくる。赤蛙なんぞ、一匹の肉なんてえものは知れてるから、五匹も六匹もつかまえてくるんです。
そうして、塩で味ィつけて、焼いたり煮たりして、
「帝国ホテルで、厚いトンカツ食うより、よっぽどうめえんだぜ」
なんてんで、威勢のいいことをいって、子供にもたべさせるんです。
こんなのはぜいたくなほうで、ひどいときなんぞ、大豆を一合ぐらい買って来て、そいつを煎(い)って食うんだが、煎るについちゃァ火がいるでし。う。炭も薪もないから、原ぱからひろって来た枯木でやるんですよ。
大豆の煎ったのに湯ゥ流して、
「サア、よく噛むんだよ、もっと噛むんだよ。ほら、こんな具合にな」
てんで子供にたべさせる。あたしとかかァは、噛む真似はしているが、ほんとは食べちやァいない。茶をのみたくても、買えないから、もっぱら湯なんですよ。
パン屋へ行くと、パンのふちの堅いところを、一銭でも二銭でも売ってくれる。砂糖を少うし買って来て、そいつをつけて食べさせる。わりに子供はよろこぶんです。これもよくやりました。
こんな具合だから、子供が熱ゥ出したり、腹ァこわしたりする。くすり屋の前なんぞいつも素通りだから、塩水をのますと、なんとなくなおっちまう。ウンとわるいときは、ニンニクをすって、そのまま口の中へほうり込んでやる。子供ァ泣きますよ。その泣いた口へ、アメ玉ァひとつ入れてやる。それでピタリとなおるんですから、貧乏人にとってはありがたいくすりでしたよ。(続く)

 出典:『びんぼう自慢』古今亭志ん生 立風書房(1993年)

コメント:古今亭志ん生(1890~1973)の落語テープは繰り返し聞いても飽きずに笑えるが、この本も落語を聞いているような調子の文章。「史上最強の落語家 なめくじ長屋の超人伝説」と帯に書いてあるように、なんともすごい話ばかりで、抱腹絶倒まちがいなし!ちなみにこの話は関東大震災(大正12年)のしばらく後のこと。